風車をつくった少年の大きな翼――アフリカ・マラウイ
マラウイのあるティーンエイジャーが、がらくたから発電用風車を作り上げて村を変えたという驚くべき実話をテーマに『The Boy Who Harnessed the Wind(風を操った少年)』が発刊されました。
そのティーンエイジャーの名前は、ウィリアム・カムクワンバさん。彼は独学で風車を作り、アル・ゴアのような気候変動の運動家やビジネス界の大物たちなど、世界中から称賛が寄せられています。
多くの困難を乗り越えた彼の功績は、家に年80ドル(50ポンド)の授業料を払う余裕がなくなったために彼が14歳で学校をやめなければならなかったことを考えると、尚のこと驚きです。
マラウイ中部のマシタラ村にある、両親の小さな農地に戻ってきたとき、彼の将来は限られたものに思われました。
しかしこれは、可能性あるアフリカの若者が貧困で挫折するといった、ありふれた話ではなかったのです。
この10代の少年には、村に電気と水道を備えるという夢がありました。そして、政治家たちや支援グループが彼のために動いてくれるのを待つ気は、彼にはありませんでした。
何とかしなければならない必要に迫られたのは、2002年、マラウイでも最悪に数えられる干ばつの後、何千もの人々が亡くなり、彼の家族も餓死寸前となったときでした。学校へ行けなくなっても、彼は地元の図書館で勉強を続けていました。
科学に魅了された彼の人生で転機となったのは、ある日、ボロボロになった教科書の中に載っている、風車の写真を見たときでした。
カムクワンバさんは、BBCニュースのウェブサイトでこう語っています。「風車で発電したり、水を汲み上げたりできることを知って、とても興味を引かれました。僕はこう思いました。『これで飢饉に備えられるかもしれない。自力で作ったらどうだろう?』」。
家のトウモロコシ畑の手伝いをしていないときは試作品作りに打ち込み、暗くなると灯油ランプの明かりで作業しました。
しかし、彼の独創的なプロジェクトを、住民200人ほどの地域社会はけげんな顔つきで見ていました。「たくさんの人が、母でさえ、僕がおかしくなったのだと思っていました」と彼は当時を語ります。「誰も風車を見たことがなかったのです」。
近所の人たちは、若者が長い時間をかけてごみ捨て場をあさることに、さらに困惑しました。
「ウィリアム・カムクワンバの風力エネルギーでの功績は、私たちが直面するこの危機に対処するために、一人の人間が素晴らしいアイデアをもてば何ができるかを証明しています」――アル・ゴア
「みんな、僕がマリファナを吸っていると思ったのです」と彼は語っています。「だから、『ジュジュ(魔法)のためにあるものを作っているだけだよ』と言ってやりました。すると、みんな、『ああ、なるほど』と言いました」。
現在22歳となったカムクワンバさんは、自転車のスペアパーツと、トラクターの送風機の羽根と、古い緩衝装置からタービンを作り上げ、プラスチックのパイプを火にかざして平らにし、ブレードをこしらえました。
「それ(風車)に登って、何度か感電しました」。何カ月もかけた、骨の折れる作業を思い出して、カムクワンバさんはつらそうに言います。
完成品は高さ5メートル(16フィート)のゴムの木でできた青い木製の塔で、村を見下ろしてそよ風に揺れ、空想的な鋳かけ屋の愚行にすぎないものと思われました。
ところが、カムクワンバさんが風車によじ登り、自動車の電球をタービンに接続したとき、近所の人たちの笑いは驚きに変わりました。
そよ風の中でブレードが回転を始めると電球が命を得たように点滅し、驚いた大勢の見物人たちは熱狂しました。
間もなく、この神童の12ワットの驚異は、彼の家族の住む日干し煉瓦造りの居住区域へ、電力を送り出しました。
灯油のランタンを使うのを止めて、電灯、釘、古いステレオのスピーカーから取り外した磁石で作ったブレーカー、そして自転車のスポークとサンダルのゴムでこしらえた電気スイッチに切り替えました。やがて、地元の人たちは携帯電話の充電に列をなすようになりました。
・2002年:干ばつに襲われ学校をやめる。5メートルの風車を作る。
・2006年:『デイリータイムズ』紙が彼の記事を載せる。12メートルの風車を作る。
・2007年:太陽光発電を村にもたらし、太陽光ポンプを設置。
・2008年半ば:「グリーンマシーン」風車を作り、井戸水を汲み上げる。
・2008年9月:創設されたアフリカリーダーシップアカデミーのクラスに出席。
・2009年半ば:原型となった5メートルの風車の複製を作る。
2006年11月、カムクワンバさんの話が、ブランタイア(マラウイ最大の都市)の『デイリータイムズ』紙から来た記者によって記事になると、ブログの世界を駆け巡りました。
一方、彼は、篤志家たちの寄付による太陽エネルギーの機械ポンプを掘りぬき井戸の上に設置し、貯水タンクを追加して、彼の村周辺の地域全体に初めての飲み水用の水源をもたらしました。
彼は、原型となった風車を48ボルトに改良し、木製の土台がシロアリに喰われると、コンクリートでしっかり固定しました。
それから新しい風車を作り、「グリーンマシーン」と名づけ、これで送水ポンプを回して家の畑に水を引きました。
間もなく、周囲の何マイルも離れたところから歩いてやって来た訪問者たちが、天才少年のmagetsi a mphepo、つまり「電気の風」を呆然と見つめるようになりました。
彼の再生可能エネルギープロジェクトの名声が高まる中で、彼は2007年半ばにタンザニアのアルーシャで開かれた、名誉あるテクノロジー・エンターテインメント・デザイン会議に招かれました。
このイベントで初めてコンピュータを使ったときの興奮を、彼は思い出します。「それまでインターネットを見たこともなくて、もう驚きでした」と彼は言います。「風車についてグーグルで検索すると、たくさんの情報が見つかりました」。
舞台上で、このチチェワ語を母国語とする講演者がたどたどしい英語で話をすると、百戦錬磨のベンチャーキャピタリストたちは心を動かされ、総立ちで拍手喝采を送りました。
その後、彼の写真が『ウォールストリートジャーナル』紙の第一面に輝かしく掲載されたのです。
現在彼は、南アフリカのヨハネスブルグの一流のアフリカリーダーシップアカデミーで、特待生として学んでいます。
カムクワンバさんは、世界中を飛び回って会議に出席しては体験談を語り、世界を股にかけていますが、学業を修めた後は家に帰ると決めています。
現在、地方出身のヒーローが目指しているのは、電気のある暮らしをしているのは国民全体のわずか2%だけというマラウイ人全員に、電力をもたらすという仕事を完了することです。「自分の国の力になって、自分が学んだ知識を役立てたい」と彼は言います。「やらなければならないことはたくさんあると感じています」。
AP通信社の元記者、ブライアン・ミーラー氏は、5年間にわたってアフリカ各地の紛争について報道を続ける中でカムクワンバさんの話を耳にしました。
この信じられないような物語は、ニューヨークから来ていたミーラー氏が長いこと取材したいと願っていた、前向きなネタでした。
彼は、カムクワンバさんと1年を過ごして『The Boy Who Harnessed the Wind(風を操った少年)』を書き上げ、それが先ごろ、アメリカで出版されたのです。
カムクワンバさんは、アフリカの新しい「チーター世代」の代表だとミーラー氏は言います。エネルギッシュで、テクノロジーに貪欲で、自らの運命を切り開いていくような若い人たちのことです。
「ウィリアムと1年を過ごしてこの本を書いていて、そもそもなぜ自分がアフリカに夢中になったのかを思い出しました」とミーラー氏(34歳)は言います。「これはどんな人間にも共感を呼び起こし、自分自身の可能性を思い出させるような物語です」。
この、逆境を乗り越える物語が映画化され、夢見る勇気をもった少年、ウィリアム・カムクワンバがスクリーンに登場する日は、そう遠くないことでしょう。
