UKトピックス

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BBCニュースサイトより、注目のトピックスをお届けします。

会計士は世界を変えたか

How men in grey suits changed the world

決定的な役割

 会計というと退屈なものとの定評がありますが、その歴史は、行政と課税の進化から貿易と資本主義の発展に至る文明の歴史そのものなのです。それはまた、人類の歴史の中でもあまり光のあたらない時代についても、その痕跡を紙上に残してきました。
 一見したところ、それはどの工場でも作っている損益計算書のように見えます。毎日の給与明細に始まって、制服の代金やその他の経常費が並んでおり、すべて適正に償却されています。しかし、奇妙な1行が目に止まりました。労働者1人当たりの給与支給見積りが1年分ではなく、9カ月分のみとなるように調整されているのです。
 実はこの工場、普通の工場ではなく、ナチスのブーヘンバルト強制収容所だったのです。ヒトラー親衛隊が徴用した労働者は、疲労のため1年を待たずして死ぬと想定されていたのです。さらに費目を見て行くと、こんな注記があります。「死亡時収入」。これは、死体から得られる収入を意味しています。つまり、灰、脂肪、毛髪などです。医師や銀行員、法律家などと違って、会計士は通常、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)における役割を追及されることはありませんでした。会計士は専門技術者と見なされ、完全に透明ということはないとしても「灰色」というところでしょうか。
 しかし、よく見ると、彼らは歴史を通して常に存在し、しばしば決定的な役割を演じてきたのです。

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「道徳的な浄化行為」として

 19世紀半ばのハイランド放逐(スコットランド高地地方での囲い込み運動)の例を見てみましょう。この時、小作農たちは、牧羊地や鹿狩場を確保するために、貴族階級の地所から立ち退かされました。
 ハイランド放逐の歴史を追っていると、いろいろな所で強制的に放逐を推し進めた代理人として、「エジンバラのブラウン氏」という、あまり正体が明らかでない人物によく出くわします。しかし、ブラウン氏は、会計史に詳しい人(多くはいないことは、言わずもがなですが)の間では有名です。彼はジェームズ・ブラウンという、会計士協会の初代会長を務めた人物なのです。ブラウンが登場することになったのは、スコットランド高地地方で多くの地主が破産したからです。彼らの破産した地所がブラウンのような人の手に委ねられたのです。彼は、債権者との清算にあたり、利得を最大化しなければなりませんでした。
 そのための一つの方法が、利益にならない小作人家族を立ち退かせることでした。注目すべき点は、ブラウン氏がこの仕事に注ぎ込んだ熱意です。彼は使命感を持った人物で、それがすべからく小作人のためになると信じていたようです。彼は、「人類愛と憐憫の情と慈悲心」に突き動かされていた、と言っています。小作人たちは、「貧困と無知のうちに育てられ、多くは教会に行ったこともない」のです。そんな彼らは、町に出るか、いっそ外国に移民した方が、よっぽどましな生活を送ることができるだろうというわけです。
 もう一人、トーマス・ゴルディー・ディクソンという19世紀のエジンバラの会計士は、小作人の状態を検分し、彼らの品行を調査するため、高地地方を視察しました。ディクソンは、ある小作人がパブで酔っ払っているのを見かけました。そのために、彼は放逐されました。またある小作人は、家を失いました。理由は、彼が、「妻ではない女性と同居していた」からです。ディクソンは自分の道徳観を小作人に押しつけながら、そこに感情の立ち入る余地はない、と主張していました。旧来の制度下では、地主は小作人に対して道義的責任を負ったものでしたが、この時代にはすでに「そうした感情が働く余地」はありませんでした。実際、会計が無味乾燥な、価値判断に捉われない行為のように見えるというまさにその理由から、会計は一種の道徳的な浄化行為として利用されるのです。
 ナチが欧州のユダヤ人から私有財産を強奪した際、ヒムラー(親衛隊長、ユダヤ人虐殺の司令官)はすべての略奪品を入念に記帳するよう命令しました。厳格な会計処理を行うことによって、「この最も困難な任務を果たすにあたり……われわれは自らの心、魂、品性を損なうことはなかった」と主張しています。窃盗が簿記に姿を変えたのです。
だからといって、決して会計が悪だというのではありません。事実、その起源はきわめて宗教的なものだ、と言う人もいます。

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宗教権力への納税から資本主義へ

 会計士の祖として知られる人たちは、古代メソポタミア(現在のイラク)で、宗教権力に仕え、人々が寺院に税(羊や農産物)を納めたかどうかを確認していました。彼らは、誰がどんな負債を負っているかを覚えておくため、領収書や借用書を出す必要から、偶然、記述法を発明しました。数千年後、中世後期のイタリアで、複式簿記が考案されました。ピンとこないかもしれませんが、複式簿記は、資本主義の発達に大きな貢献をしたという意味で、前千年紀における最も重要な技術の一つなのです。
 この方法を最初に書きとめたルカ・パチョーリは、フランシスコ会修道士でした。複式簿記は、すべての取引に二面性(貸方と借方)があることに着目し、適切に仕分けされた帳簿においては、左右の数字が常に均衡します。考え方に特定の傾向を持つ人たちには、均衡は美であり、それも、神の霊感を得たものでさえあるかも知れないのです。会計は、報告するという意味で、物語の形式の一つであり、物語は聴衆、聞き手、を必要とします。すなわち、監査役です。
中世後期のイタリアにおいては、監査役は神でした。会計史を専門とするジェームズ・エイホ氏は、複式簿記が一般のカト リック教徒に懺悔が必須とされた時期に考案されたことは偶然ではない、と言います。
 利潤を得ることの道徳性にこだわるビジネスマンがいたとして、彼が貸方借方の勘定を洩れなく記載することは、自分の罪を懺悔することとやや似ています。例え道徳的に疑問のあることをしているとしても、それはそれで少なくとも隠しだてはしていない、というわけです。
 今日、私たちは、学校評価表(イギリスでは、毎年、マスコミが全国学力テストの結果に基づいて、小・中学校を順位づけし公表する)であれ、職場での業績評価、あるいはまたアマゾンやeBay(米国インターネットオークションの大手)でおなじみの星印による評価に至るまで、計測と監査の文化の中で生きています。
 私たちは、かつて神に対し、次には国家に対し、そしてさらには雇用者に対して、説明責任を負わされてきましたが、今では絶えざる相互監査に余念がありません。それこそ、簿記係の究極の勝利と言えるのかもしれません。



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