UKトピックス

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BBCニュースサイトより、注目のトピックスをお届けします。

イラクの多彩な伝統的少数派宗教の現状

Richness of Iraq's minority religions revealed
BBCニュース・ラリッシュ  エド・ストウトン
 イラクでは、2,000年にわたって、キリスト教徒の存在が知られていますが、その多くがイスラム過激派による攻撃に追われて離散したため、今やキリスト教社会は消滅しようとしています。他の宗教もまた同じ運命にある現状では、この国の性格が永久に変わってしまうかも知れません。

聖なる長老にインタビュー

 ばかばかしいこととは思いながら、サラダ問題にこだわる自分をどうすることもできませんでした……。
 私はバーバ・シーク(聖なる長老)にインタビューをしていました。バーバ・シークは、ヤズィーディー教(Yazidi=キリスト教・イスラム教・ゾロアスター教などの混交宗教)という古い宗教で、カトリック教会でいうとローマ法王に相当する地位です。私は、この取材のために詰め込み勉強をする過程で、ヤズィーディー教徒はレタスを食べることを禁じられている、という面白い指摘に出くわしました。
 バーバ・シークは、私の目線より高い高座についていました。髭をはやし、頭にはターバンを巻き、年老いていかにも尊師然としています。あの問題を持ち出すのはどうにも不謹慎のように思えました。
 それでも私は勇を鼓して、質問しました。「ハラーム、つまりイスラム法で口にすることを禁じられている食物があるというのは本当ですか?」。
 そんなことはない、と彼は鷹揚に説明してくれました。一般のヤズィーディー教徒は何を食べてもよいが、自分のような聖職者は、ある種の野菜は「ガスの元になるので」、控えている、というのです。
 そういうことだったのですね。やっとわかりました。勢いづいた私は、ヤズィーディー教を論じる時に必ず出てくるもう一つの疑問をぶつけてみました。
 「あなた方の信仰の敵は、どうしてヤズィーディー教を悪魔崇拝だと非難するのでしょうか」。通訳がびっくりして、身を強張らせました。
 「それは決してヤズィーディー教徒に聞いてはいけない質問です」と、彼は怒りを含んだ声で私を制しました。私たちはとっさに話題を変えました。

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ノアの方舟の物語

 私は、2003年の米軍侵攻以後、イラクのキリスト教徒に起こったことについてはいくらか予備知識がありました。前回、そのことをテーマにイラクを取材したからです。しかし、イラクにはキリスト教以外にも多彩な伝統宗教があったということは、驚きでした。
 ヤズィーディー教の主神殿は、イラク領クルディスタン高地のラリッシュという地にそびえ立っています。ヤズィーディー教はノアの方舟の物語と密接に関連しています。神殿正門脇の壁に1匹の蛇が彫りこまれているのを目にとめた私は、悪魔崇拝を巡る様々な議論を思い浮かべながら、蛇が何を意味しているのかを尋ねました。私の案内人の話では、ノアの方舟に浸水が始まった時、船に乗っていた蛇の中の1匹が穴の上にとぐろを巻いて穴を塞いだ、というのです。
 ヤズィーディー教徒は、自分たちの宗教こそ世界最古の宗教だと主張しています。私は何とかこの宗教の教義の核心部分を理解しようと勉強したつもりですが、正直なところ、まだ自信がありません。しかし、ラリッシュにある神殿は、いかにも宗教が大事にされている場所のように見えます。ところどころの支柱に華やかな色の長い布が巻きつけられていますが、これは、何か願い事がある時に、この布に結び目をつけるためのものです。
 ある部屋には自然石を肘掛椅子の形に彫り抜いたものがあります。この石にすっぽりとはまりこむようにして腰を下ろすと、腰痛が治るそうです。さらに行くと、私は、サテン(繻子)のような布を正方形に切ったものを、バスケットボールのゴールくらいの高さにある石の上に放り上げるよう勧められました。私の布切れがうまく石の上に乗ると、周りで大きな拍手が湧き、願い事が何でもかなうと口々に請け合ってくれました。
 ヤズィーディー教徒は、これまでに何度か、ひどい攻撃の犠牲になりました。2007年にはヤズィーディー教徒の居住区で車5台がからむ連続自動車爆弾テロがあり、200人が死亡、300人が負傷しました。
 それでも、私には何となく、ヤズィーディー教は独立した宗教として生き残るのではないかと思われます。ラリッシュが現在、イラクでもまずまず治安のよい土地だからです。

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明るい未来があるか

 それにひきかえ、イラクのマンダ教徒(グノーシス派のキリスト教徒)の行く末は不透明です。マンダ教徒は、洗礼者ヨハネを最後の偉大な預言者と信じています。
 水の流れが彼らの宗教儀式において最も重要な意味を持っており、キリスト教徒が毎週教会に行くように、彼らは毎週川に行き、洗礼を受けます。
 私はバグダッドで、マンダ教の司祭の中でもナンバー2といわれるアラー師に面会しました。
 彼はまさしくキリストの伝記映画から抜け出たような容貌でした。キリスト教の司祭なら胸に十字架をかけるところですが、彼は、樽板の十字架に洗礼用のショールをふわりと掛けた像をかたどったずっしりと重そうな、見事な銀細工を首に架けていました。アラー師は私に、マンダ教徒は平和主義者であり、彼らの多くは伝統的に銀細工や金細工を業としていると語ってくれました。
 凶悪犯罪や強盗が日常化している社会で、非暴力主義の宝石職人であることは、何とも皮肉な取り合わせです。マンダ教徒は自らをキリスト教の仲間と考えており、実際、イラクのキリスト教徒と並んで、米軍侵攻後の混乱に乗じて勢力を伸ばしてきたイスラム過激派の標的とされてきました。
 マンダ教徒の女性がジーンズをはいているからという理由で強姦されたという話はいくつもありますし、ある少年が同級生たちから無理やり割礼を施されたという事件も聞いています。この事件では、1人の少年がコーランの一節を読み上げる中、仲間の少年たちが犯行に及んだとのことです。イラクを巡る非劇があまりに大きかっただけに、こうした宗教的暴力などの非劇が埋もれてしまっているのです。
 現在、イラクの治安は概して良くはなっていますが、マンダ教に明るい未来があるかどうかは、なかなか難しい問題です。イラクのマンダ教徒のかれこれ85%は現在外国に住んでおり、イラク国内には5,000人ばかりがとどまっているにすぎません。
 例えばスウェーデンのような国で成長している新しい世代が、昔ながらに川での洗礼儀式を守っていくでしょうか。アラー師のような長老たちは、そうはいかないだろうと危惧しています。

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