歯ぎしりする現代人の暮らし
歯科医は通常それをブラキシズム(咀嚼筋<そしゃくきん>の異常な運動、咬合神経症<こうごうしんけいしょう>)と呼んでいます。素人は、実際には歯をギシギシこすり合わせる状態(グラインディング)ではなく、歯を強くくいしばる状態(クレンチング)の時にも、同じように「歯ぎしり」とみなしています。
歯ぎしりは夜間に起こることが多いのですが、日中でも食いしばりが起こります。
柔らかいサンドウィッチを噛んだら、ポキンときました――ジュリエット・コナー
歯ぎしりの結果、頭痛や、顎にずきずきする痛みを感じる人もいます。しかし、多くの人は、歯科医に指摘されるまでは、自分が歯ぎしりをしていることに気がつかないようです。
歯科医は歯の摩滅(まめつ)の仕方に注意します。放って置くとエナメル質の剥落(はくらく)につながるからですが、もっとひどい場合には、大臼歯の角の「咬頭(こうとう=噛み合わせ部分)」が欠けたり、歯が丸ごと折れることもあります。
最初、歯ぎしりに気がつくのは、嫌な思いをさせられる同室者であることが多いようです。歯ぎしりの音で目を覚ますのは、愉快なことではありません。
「これほど不愉快な音はないといってよいでしょう」と語るのは、ガトウィック空港の近くで開業している歯科医のアンドレ・ヘッジャー博士です。2008年から2009年の1年間に歯ぎしりの症例が20%増えたといいます。「コンクリートミキサーが黒板を踏み砕いているような音ですからね」。
なぜ歯ぎしりするのかについて、まだ定説はありませんが、ストレスや不安が少なくとも悪化要因にはなっているとされています。
「歯ぎしりや、食いしばりの原因はストレスの場合が多いですね。もっと言えば、不況のせいです」とヘッジャー博士は言います。「これほど多くの、ストレスを感じている患者を見たことがありません。皆さん、職場の様子が変わったと口を揃えて言います。つまり、就業時間が増えたのです」。
ブラキシングの症状
1.エナメル質が摩滅し、より柔らかい、オレンジ色をした象牙質が露出する
2.下の切歯が摩滅して、平らになる
3.上の歯が総じて鋭く、薄くなるとともに、色も半透明になり、欠けやすくなる
4.歯の中心部に歯髄腔(しずいくう)の上部が見えるようになる
歯ぎしりに関する調査が少ないということは、イギリスにおける患者数が正確には分からないということを意味しています。イギリス歯科衛生協会(British Dental Health Foundation)の電話相談室の担当者によると、歯ぎしりを訴える電話は増えているようだと言います。イギリス歯科医師会(British Dental Association)が非公式に行ったアンケート調査では、多くの医師が、歯ぎしりの症例は増加傾向にあると答えています。
ある歯科医はこう報告しています。「不況が始まって以来、歯ぎしり関連の症状を訴える患者が目立って増えた。普段の5倍くらい」。
他の医師はこう指摘しています。「最近、歯ぎしりや食いしばりの症例が多い。しかし、歯ぎしりが歯の摩滅となって問題化するには時間がかかるので、特定の臨床例の発症が過去12カ月程度以内かどうかを診断するのは難しいと思われる」。
さらにもう一人の医師は言います。「不況の期間中に、異常機能としての(正常な筋肉運動ではない)食いしばりや、歯ぎしりに関連する徴候や症状が著しく増加したとは認めがたいが、この症状は一般的には緩やかな増加傾向にある現象である」。
エセックス州コルチェスターの歯科医フランソワ・ルソー博士は、歯ぎしりの影響に悩んでいる人が目立って増えていることに注目しています。
「過去6カ月から9カ月にかけて、30%は増えました」と彼は言います。「虫歯がないのに歯が折れるのです。健康な歯が折れるというようなことは、これまでになかったことです。私は、この2カ月の間に、完全に健康な歯が根元から折れた患者さんを3人も診ました」。
ジュリエット・コナーさんもそうした患者の一人です。「私は、柔らかいサンドウィッチを噛んだら、ポキンときました。痛みが走って『何事が起こったのか』と思いました」。
コナーさんは、10月に歯を1本折りました。それから12月にもまた1本折りました。しかし、彼女はストレスの多い、不況のあおりを受けるビジネスマンという類型には当てはまりません。
いくつかの症状
・歯の異常な摩滅
・健康な歯の折れ
・頭痛
・顎の痛み
「私は6年半前に主人を亡くしました。意識下でそのことにこだわっているのかどうか、わかりません。私は特にストレスを感じるタイプではないのですが」。
エジンバラ市の中心部で他の2人の医師と共同開業しているヤン・メイドメント博士は、自分たちの医院でブラキシズムの患者が増えているのが不況のせいかどうかは確信が持てません。
「私たちの診療所は、金融街の中心地にあります。食いしばりと歯ぎしりの発症率は比較的高いと言えます。だからといって患者さんたちにストレスとの関係を聞いたら、余計にプレッシャーを感じるでしょう。歯ぎしりが進行する過程で、ストレスが関与していることは解りますが、それだけではないと思います。患者から病歴を聞き取ったとしても、歯ぎしりが始まったことによってストレスの度合いが高まったという場合が多いでしょう」。
ストレスが大きな要因だとしても、確かにそれだけが歯ぎしりの原因という訳ではありません。「例えば顎の組織や骨格、歯並びなど、それぞれにいろいろな要因があります」とメイドメント博士は言います。
ヘッジャー博士は、西洋的なライフスタイルに係わる、より根本的な要素が原因かも知れないと言います。「西洋人は、上顎が十分発達していないために、歯ぎしりが珍しくありません。食材はとても柔らかいものが多く、私たちの顎はだんだん小さく、すぼまってきているのです」。
ヘッジャー博士はまた、ブラキシズムの関連症状である顎関節症機能不全(Temporo Mandibular Joint Dysfunction)に悩む患者の治療にあたっています。中にはあまりに症状がひどく、起床時に這い回ったり、様々な不快な症状に苦しんでいる人もいる、と彼は言います。「彼らは大変苦しい思いをしています。慢性的な倦怠感、頭痛、偏頭痛、耳鳴りなどに悩まされているのです」。
患者の多くは、アンケート調査に、症状を訴えても自分でそう思い込んでいるだけだとか、詐病だろうと言われたと答えており、さらに患者の5分の1は自殺を考えたことがあると言います。
普通のブラキシズムの症状の人は、歯科医からナイトガードを勧められることが多いようです。ナイトガードの費用は、イギリスでは100ポンドから数100ポンドといったところです。一般的に形状はスポーツで使うマウスピースによく似ていて、下の歯の歯型をとって作ります。これを毎晩歯に被せて寝るのです。
ただし、ナイトガードは万能ではない、とヘッジャー博士は言います。
食材はとても柔らかいものが多く、私たちの顎はだんだん小さく、すぼまってきているのです――アンドレ・ヘッジャー
「ナイトガードは実際には食いしばり運動を助長する働きもあります。ナイトガードはミリ単位で口の開きを大きくし、それによって顎関節を緩める場合が多いのです」。
ヘッジャー博士は、むしろ他の器具を推奨する歯科医の一人です。それは三叉神経侵害受容抑制装置(Nociceptive Trigeminal Inhibitor=NTI)というものですが、何とも親しみやすいネーミングです。
「この装置は、前歯に圧力をかける仕組みになっています。夜、寝てから歯ぎしりをすると、2本の前歯に圧力がかかります。するとこの装置から脳に非常に強い信号が送られて、『何をやっているんだ?』と、なる訳です」。
この装置の目的は、基本的にナイトガードがそうであるように、主に歯を覆うことによって損傷から保護するのではなく、歯ぎしりそのものを止めさせることにあります。
その他にも、症状を緩和する筋肉マッサージから、ストレスを解消するためのカウンセリング、さらには催眠術まで、色とりどりの治療法があります。
しかし、重要なことは早く治療を受けることだと歯科医たちは言います。さもないと、さらに厄介な歯の症状が待っているかもしれません。
