UKトピックス

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BBCニュースサイトより、注目のトピックスをお届けします。

イラクからグラスゴーへ――英国生活と格闘するイラク人通訳者たち

Iraq to Glasgow – interpreters’ battle with life in UK
アースマ・ミール  ラジオ番組「イラク人通訳者の新たな故郷」プレゼンター

 イラク戦争中に命を賭けて英軍に協力した数百人のイラク人には、英国で生活する機会が提供されていますが、その多くが英国での定住に苦労しています。

 ハシュマットさんのメールアカウントにEメールが届いたとき、彼には開封する前からその内容がわかっていました。添付ファイルはアラビア語で書かれていました。
 「そこには、私が背教者であり、殺されるだろう、と書かれていたのですよ」
 ハシュマットさんはそれを笑い飛ばそうとしますが、話しながら彼は身体を震わせています。その通知はファトワ(イスラム教における勧告)であり、その日以来、彼は狙われる身となりました。

 何百人ものイラク人が同じ状況に置かれています。英軍協力者として特定された彼らの命は、大変な危険にさらされることとなったのです。
 多少の反対はあったものの、英国政府は現地協力者支援計画を実施し、彼らを英国へと移住させました。しかしすべての人が移住できたわけではありません。殺されてしまった人もいます。移住のための厳しい基準を満たせなかった人もいます。最終的に、364人ほどの通訳者とその扶養家族が渡英し、その多くがグラスゴーにやって来ました。

 彼らはこの地で何を見出し、現在はどうしているのでしょうか。
 英軍の管理部門で働いていたハシュマットさんに、グラスゴーでの初日はどうだったかと尋ねてみました。「ひどいものでしたよ。連れて来られた場所は、湿っぽくて、ゴキブリまでいて。あんなところに入れられるなんて、信じられませんでしたね」と語ります。

 グラスゴーで私が話を聞いた通訳者たちは、口を揃えてまったく同じことを言います。時期こそ異なるものの、全員が評判の悪いこの地区に住まわされたのです。
 当局によってもっとましな住居に移されるまでは、誰もが、湿気や剥げかけたペンキや虫と格闘しなければなりませんでした。

 しかし、話を聞いた4人の男性の前向きな態度に、私は感銘を受けました。
 彼らは笑みを絶やさず、運よく死を免れ、家族に安全な新しい生活をさせることができた自分の幸運に、絶えず感謝しています。ただし、最初に受けた扱いについては、今でも驚きと落胆を忘れることができずにいます。「まるで亡命者のような」扱いだったとハシュマットさんは語ります。毎日英軍のために命を賭けていたのだから、もう少しは報われてもいいはずだ、とハシュマットさんは言います。それでも、大半の通訳者たちと同じように、冗談を言って雰囲気を明るくすることを忘れません。
 「私がグリーンゾーン(連合国暫定当局のあったバグダッド中心部の安全地帯)ではなくて、ユーロゾーン出身だったら、もっとましな扱いを受けられたでしょうね」と笑ってみせます。
 私はグラスゴー生まれなので、通訳の人たちがこの地に来る前に、グラスゴーについてどれほど知っていたか、地元の住民がどのような反応をしたかに興味があります。

 「私は何も知りませんでした。バグダッドの友人には、サッカーチームのセルティックかレンジャーズのシャツを買えと言われましたよ」とハシュマットさんは言います。
またもう一人のイラク人、ムハンマドさんはこう言います。「家族にグラスゴーへ行くと告げたら、そこは英国じゃないだろうと言われました」
 バスラで通訳をしていたアブドゥルさんは、肩をすくめて言います。「グラスゴーのことは何一つ知りませんでしたが、映画の『ブレイブハート』を観て、ウィリアム・ウォレス(13世紀のスコットランドの愛国者)のことだけは知っていました」

 それでは、住民の反応はどうだったのでしょうか。
 移民は軋轢を生じさせる問題であり、それは人口圧力のそれほど高くないスコットランドにおいても変わりません。彼らのうち3人は、グラスゴーの人々の好意に感激したと言います。
 アブドゥルさんは、「数人から人種差別を受けた」ものの、引っ越し後の今ではましになったそうです。
 彼らが隣人と挨拶を交わし、グラスゴー訛りとイラク訛りが混じった言葉で冗談を言うところを観察してみました。うまくなじんでいるようです。
 4人に共通したより大きな問題は、仕事です。と言うよりも、仕事がないことです。
 「バグダッドでは、英軍兵士の歯を治療していました。私は資格のある歯科医だったんです」
 「でもここでは、誰の治療もできません」とハシュマットさんは言います。こちらでも正式な資格を取得しようとしていますが、それは長い道のりとなります。

 ハシュマットさんのいらだちは、元通訳者であったアリさんにも共通しています。私は彼の住む公営アパートを訪れました。アリさんはトニー・ブレア元首相や、ゴードン・ブラウン元首相、ジャック・ストロー元大臣の通訳を務めました。現在は失業中で、給付金を受けて暮らし、自分が透明な存在になってしまったように感じています。
 「つらいですね。もっと報われてもいいのに。でも、ここに来たのは子供たちのためです。あの子たちの未来のためです」アリさんは、童謡を歌いながら放課後のおやつを楽しんでいる幼い二人の娘たちを指さします。「タクシーの運転手になるつもりはありません。なぜそんな必要があるのでしょうか」とアリさんは尋ねます。「私はサンドハースト(王立陸軍士官学校)を卒業しています。高い教育を受けているんです」

 英国国境局の広報官はこう言っています。「家族の方々には清潔で安全な住居を提供しています。当局では定期的に検査を行い、英国への移住者が最大限のケアを受けられるようにしています」
 「到着時には、特別支援として、当初3か月分の家賃が支払われ、担当医の登録リストの提供や、職探し、継続教育(義務教育後の専門学校等における教育)に関しても支援が受けられます。彼らとその家族が英国での新生活になじみやすいように、手助けをしているのです」

 私が話を聞いた4人の男性は、それぞれ異なっています。一人は工学の学位を持ち、一人は資格のある歯科医で、さらにアリさんは、自ら主張するように、サンドハースト王立陸軍士官学校を卒業しています。しかし、彼らには一つの共通点があります――全員が失業者なのです。
 彼らは、自分たちを雇い、救出し、移住させてくれた英国政府を批判したいわけではありません。しかし、社会に貢献できるようになり、自尊心を取り戻せるように、いくらかの助けを借りたいと思っているのです。

 彼らも、現在の経済情勢のなかで勤め口が少ないことは知っています。一足飛びに最適な職につくことを望んでいるわけでもありません。ただ、自分たちがここにいることと、その理由を、政府に思い出して欲しいと願っているに違いありません。


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